前回と同様、先日のゴールデンウィークの後半の遠征記録を紹介いたします。この遠征の2〜3日目も天気に恵まれず観光が主となってしまいましたが、豊岡市出石町内にある標高321mの「有子山城跡」に向かうことができたので、内容はともあれ何とか山行きを果たすことができました。
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◎有子山城跡(兵庫県豊岡市出石町 1996年11月13日国史跡指定)
●2日目の朝は宿泊地のキャンプ場は雨が降ってなく、前日のリベンジで再び東床尾山登山口へと向かったが、登山口に到着した時は雨模様となった。仕方なくこの日も登頂を断念し出石町内を散策することとなる。
●出石城趾を散策しているときに偶然にも有子山登山口を見つけたことから、今遠征唯一の山歩きとしての機会として山頂の城跡を目指すこととなる。なお、メンバー1名はゴム草履履きだったので、出石城趾にて待機することとなる。
●有子山城跡までは片道1kmの遊歩道を経て、往路は約35分で復路は約30分の行程であった。なお、遊歩道ではあったが山頂まであと500mの地点までは急勾配の上りが続き、携行物はカメラと貴重品入れポーチのみの軽装備ではあったが山行きの内容としては十分なものであったようだ。
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有子山登山口
軽装備で軽い気持ち
で山頂へと向かう
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遊歩道
道は勾配もきつく
れっきとした登山道
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遊歩道
残り500mを過ぎた
辺りから勾配は緩くなる
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本丸の石垣
天守はなかったが
石垣は現存されていた
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有子山頂
東屋と案内看板が設あり
整備が施されていた
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有子山頂から
辺りの山々と
出石町内の全景を望む
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◎出石城趾と市街地の散策
●当方、この出石町は何度も訪れたことがあるのだが、この日も予定していた山行きが早々に中止となり時間的にも余裕がある中で、また、ここでは雨が降ることもなくカメラの撮影練習と城下町の散策をすることとなった。なお、この日は休日で多くの観光客が訪れていたが、到着した時間が早かったためか混雑もなく駐車場に車を入れることができた。
●有子山頂の山歩きと昼食、並びに散策等を終えた後は、この日の夕食の食材等の買い出しと入浴を経て、再び宿泊地である「湯の原温泉オートキャンプ場」へと戻ることとなる。
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出石城趾隅櫓
廃城令で取り壊されたが
後に復元される
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出石城趾登城橋
バックに先に登頂
した有子山を望む
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出石城趾辰鼓櫓
明治時代初期の時計台で
町内での伝統的建造物
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出石町の城下町界隈
休日だけに多くの
観光客が訪れていた
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名物の皿そば
山行き?後に食し
この日の昼食となる
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旧出石郡役所
町内唯一の明治
年間の洋風建築物
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◎湯の原温泉オートキャンプ場 etc.
●この日も観光がメインとなってしまったが、キャンプ場での反省会は何時もと変わりなく盛大?に執りおこなわれる。宴も進み最終日こそは好天での山行きと期待していたが、最終日も未明から雨が降り出し当初に予定していた山行き全てを断念することとなる。
●雨が降りしきる中、テントの設営と同様に撤収も全身ズブ濡れの状況での作業となる。何時もより時間がかかったが、何とか無事に撤収作業を終えキャンプ場を後にする。
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出石温泉館乙女の湯
出石町内の温泉施設
入浴料は400円
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2日目の朝食
寄せ鍋の出汁を
利用した雑炊となる
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2日目のキャンプ場
4連休の初日とあって
サイトには多くのテント
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2日目の夕食
今回の遠征も
カレー鍋となる
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3日目の朝
設営と同様に撤収も
雨中での作業となる
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旅の締めのトンカツ
帰宅時間が早かったため
締めは3日目の昼食
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◎植村直己冒険館
●キャンプ場を後にしてそのまま帰宅するのも如何なものと思い、豊岡市日高町のキャンプ場の近くにある「植村直己冒険館」立ち寄ることとなる。仕方なくということで期待はあまりしていなかったが、入館料500円の割に19分間の記録映画から、愛用していた装備品や記録写真等の展示など、内容的に十分なものであったと感じている。ここで1時間程見学し帰路に備えることとなる。
●冒険館の見学を終えた後は、道中に最後の昼食を取ったのみで夕方前に帰宅し無事に遠征を終える。今回の遠征では関西百名山の登頂はかなわなかったが、カメラでの撮影練習など山行き以外での出来事については十分に満足したところである。
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冒険館入口
通路は大地を切り裂く
クレパスを表現している
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装備品の展示
我々とは違い
それぞれが重装備
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記録写真等の展示
国民栄誉賞を受賞した
だけあって業績は絶大
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