お城めぐりVol1
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ゴールデンウィーク前半の遠征も終わり休養する予定だったが、リンク仲間の「トクさん」からお城めぐりのお誘いがあったのでお供することになりました。ここでは、今回訪れた兵庫県の3つの城趾の記録等を紹介します。なお、兵庫県内だけでも約160もあるとのことなので、それぞれの城趾の詳細はリンク先のトクさんのホームページ「まっぶら」の「城でまっぶら」をご覧ください。

◎2008年5月3日 土曜日 天候 晴れ メンバー 3名
◎篠山城趾

●朝9時頃自宅にお迎えが来て、同僚の車で県道12号及び国道372号を経て篠山市中央部市街地の篠山城趾へと向かう。なお、高速道なら舞鶴若狭自動車道丹南篠山口ICで、また、電車ならJR福知山線篠山口駅が最寄りとなる。

●徳川家康が1609年に築城したが、明治維新後に大書院以外は取り壊され、また大書院も1944年に火災により焼失している。大書院は、2000年に復元され周辺整備が進められているとのことである。この日はフリーマーケットも開催され、多くの人出で賑わっていたようだ。

内堀と石垣
大書院
井戸
狸門
鉄門
城趾の配置図
◎金山城趾

●篠山市街地から国道176号を北上し鐘ケ坂トンネル入口前のやや広い路肩に車を止め、そこから南へ約5分程歩き金山登山道入口に到着する。ここから金山頂(城趾)標高537mまでは約50分登山道を歩くこととなり、山行きを兼ねた城趾散策となる。

●織田信長の命を受け丹波制圧に乗りだした明智光秀が1578年から9年10か月をかけ築城したとのことのようだ。現在は、城があった面影はほとんどなく山頂付近の斜面に石積みが残っていた程度であった。

●登山道は踏み込まれており特に問題はなかったのだが、当方、いつもの登山靴を履いていなかったせいか、足裏に違和感を感じながら標高差約270mの登山道を歩く。やがて分岐を経て山頂に到着し、暫しの小休止の後に鬼のかけ橋に立ち寄り、その後は来た道を戻り下山する。

金山登山口
追手神社と園林寺付近
にあり灯籠が目印
山頂と鬼のかけ橋の分岐
先に山頂・城趾
方面へと向かう
金山城趾
金山の山頂なのだが
三角点は見あたらない
金山城石垣?
微かに石積みが残る
よく見ないと解らない
鬼のかけ橋
奥は断崖絶壁で
橋の上で足が竦む
鐘ケ坂トンネルの
柏原町側から
山頂付近を望む
◎岩尾城趾

●引き続き国道176号を北上し途中丹波市柏原町内で昼食を取り、国道175号等を経て同市山南町和田の小学校前に到着する。付近の駐車場?に車を止め小学校内敷地を通り登山道入口に到着する。ここも金山同様、岩尾城趾(蛇山頂)標高387mまでの標高差約250mを約40分登山道を歩くこととなる。

●和田日向守齋頼が1516年に築城したと伝えられているが、その後豊臣秀吉の命で廃城となり1596年に破却されている。現在は、石垣の跡?があり瓦の破片もいくつか見つけることができた。

●登山道はやや荒れ気味で、当方、特に下りが滑り気を遣った。山頂に到着し暫しの小休止の後は、砂地状の急斜面の人間地獄と下りの途中の分岐で親縁寺方面へ向かい、達磨岩に立ち寄り下山する。

●下山後は、国道175号・176号等経て篠山市街地に戻り国道沿いのレストランで反省会を行う。車だったので勿論アルコール類はない。その後は更に国道176号を南下し、三田市内から県道12号を経て無事帰宅する。結果的に山行きと城趾めぐりが同時にでき有意義な1日となった。

丹波市立和田小学校
校内敷地に入るので
平日は学校に連絡が必要
岩尾城趾登山口
しばらく植林の中
の道を歩く
岩尾城趾(天守台)
左奥は蛇山頂で
眺望は良い
岩尾城の石垣?
ここだけでなく
複数残っていた
達磨岩
このあたりが岩場で
足元に気を遣った
麓の山南町和田の
集落から岩尾城趾
並びに山頂を望む


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