サッカー
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サッカーワールドカップアジア3次予選も近づき、テレビのスポーツニュースに日本代表の近況等が伝えられるようになりました。学生時代にサッカー少年だったからか自身、徐々に気持ちが盛り上がってきているところです。ここでは、当方のサッカーの出会いから引退?までの記録を紹介します。一部専門的な内容もあり、マニアックな所もありますが最後までお付き合いください。

●サッカーとの出会い(小学校4年生〜)
小学校のスポーツ少年団に入り、ここで、みんなで冬場にサッカーをしたのが始まりである。指導者も未経験者で遊び感覚だったように記憶している。

●本格的にサッカーを・・・。(中学生の3年間)

中学校に入学しサッカー部に入部する。この頃は野球も好きでどちらにしようか迷ったのだが、腕力が弱く同級生の女の子に腕相撲で負けたこともあることから結局サッカーとなる。顧問の先生も経験者であったため、ここでかなり上達したものと感じている。しかしながら、当時は走りが遅く苦労したことが忘れられない。また、3年生の時に新たに中学校が新設され、メンバーも2つに分かれてしまったことも辛かった思い出として残っている。

卒業アルバムをスキャン
したのでモノクロだが
中央の背番号6番
が当方である
●高校へ入学。目指すは「国立」(高校生の2年余り)
高校に入学するもここでもラグビーとの選択に悩む。結局は、ラグビー部がないことが分かりサッカー部へ入部する。入学した高校が隣町で地元でなかったため、中学までのチームメイトがライバルにまた、ライバルだった者がチームメイトとなり複雑な心境で練習試合をすることとなる。ここも顧問の先生も経験者でまた、前任の学校で高校総体の県代表になった実績がある顧問であった。中学まで野球部だった同級生が、サッカー部に入部しメキメキと上達しそれを尻目にただ焦りながらプレーしていたことが今でも印象に残っている。
ここからは、最後の公式戦となった高校総体県予選の様子を紹介します。なお、新年に行われている選手権大会の県予選は、県立の普通校であったため、受験勉強との兼ね合いからそれまでに引退するのが慣習であった。

●予選結果(スコアは不明)

2回戦(初戦)対 市芦屋戦勝利

3回戦 対 太子戦勝利

4回戦 対 社(やしろ)戦敗退

ベスト32止まり。138校参加


これを以て現役を引退することとなる。この頃の兵庫県のレベルは全国からみてあまり高くなかったようだ。しかしながら他校の同級生には、御影工のFW永島 昭浩(後にガンバ大阪)、御影高のMF和田 昌裕(後にビッセル神戸)、伊丹北高のGK石末 龍治(後に横浜フリューゲルズ)がおり、今思うと我々のレベルでは全国大会出場は到底無理だったようだ。際だったテクニックやフォーメーションもなく、予選直前にどこのチームがやるようなフォーメーションをマスターした程度だったので、所詮、百姓一揆サッカー(空いたスペースにボールを出し、持久力・体力だけで勝負?)だけでは通用しなかったのだろう。


●ハーフタイム

いつもハーフタイムには、女性マネージャーが用意してくれた「ハチミツレモン」(レモンの輪切りをハチミツで浸したもの。また、暑い時期には凍らせてくれていた。)を頬張り指示を受けていた。当時は、試合中に水分を摂ることは御法度とされていたので、あの味は今でも印象に強く残っている。また、暑い時期での冷たいおしぼりもありがたく感じたところであった。今更言うのも何だが、いつも手間暇かけて準備してくれたマネージャーに対し感謝の気持ちを伝えたいところである。


●フリーキック(セットプレー)・ペナルティーキック

公式戦が近づくと特別にいつも練習していた記憶がある。特にペナルティーキックの練習では、顧問の先生から常に「助走を長く、強く低い弾道でゴールの真ん中当たりにボールを蹴れ!」との指導が記憶に残っている。これは、当時のゴールキーパーは左か右に必ず飛ぶことから真ん中当たりが確率が高く、また下手に細工しコントロールして外したときに悔いが残るからとのこと。また、低い弾道はゴールキーパーの手の反応が若干遅れることなど、理には叶っているのだがいざ蹴るとなると勇気が入り蹴りたくない思いがあったことが思い出される。ちなみに当方、公式戦ではペナルティーキックを蹴った記憶がない。現在、日本を代表するプレイヤー中村 俊輔が蹴るフリーキック等は、精度も高くまた、変化も鋭く改めて凄さを感じる。

ヘディングでの競り合い
マイボールキープ?
ハーフタイム
顧問の指示が飛ぶ
緊張感が漂う
ゴールを挙げ
自陣に戻る
足取りも軽い?
フリーキック
背番号2は身長が低く
いつも前線参加はない
●引退後
卒業後は、新年早々の初蹴り会やOBチームでの天皇杯地区予選に2度参加したぐらいで、プレーからは完全に遠ざかり、今ではもっぱらテレビ観戦が全てとなっている。我々がやっていた頃は、サッカーは「マイナー」なスポーツであり、テレビでの試合中継は、元旦の天皇杯決勝・高校サッカー・年末のトヨタカップ(現在は世界クラブ選手権)だけで、サッカー番組においては、テレビ東京系列の「ダイヤモンドサッカー」のみだけであった。ところが今では、Jリーグ・日本代表戦や様々な関連番組があり、またケーブルテレビに至っては、海外でのサッカーの試合が毎日のように放送されている。久しぶりにプレーできればとの思いもあるのだが、身体が(特に腹回り辺りが・・・!)大きくなり体力的に無理かなと感じている。それに今となってはメンバーを集めることもひと苦労である。巷にはサッカーとは別に、「フットサル」たるものが流行ってきている話も聞く。今何かと騒がれているハンドボールのコートとほぼ同じ大きさで、簡単にできそうに思えるが、プレー人数が少なく全員攻撃・全員守備がフォーメーションの基本となっているので、持久力や機敏性が一層求められる。また、トラップやパスのテクニックはサッカーと違うものとも言われている。ちなみに世界を代表する選手であるロナウジーニョは、フットサル出身らしい。このようないらぬ心配ばがりしているのが現状であるのだが、気持ちだけは、「サッカー日本代表に招集」との声かかかるのを切に願っているところである。


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